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訃報

1/21、第三子となる三男がお空に帰りました。28週と2日でした。
1/21が三男の誕生日、そして命日となってしまいました。
思い返せば…2年前。次男の出産予定日は1/21でした。(結局3週間早く大晦日に産まれたけれど)

今回入院などで1/20-1/28まで子供達とも離れており、数日前に戻りました。

去年の8月には妊娠が判明していましたが、今回は親しい友人にも知らせておらず、やたらと慎重になっていた3人目の妊娠。驚かれた方も多いかと思います。

出産予定日は4/13、長男次男共に37週で出産しているので、きっと長男と同じ3月、中旬以降に産まれてくるねなんて思っていました。

12/30、朝から超音波検査の日でした。
2-3週小さいと言われており、明日また超音波検査に来て下さいと言われ、なんとなく嫌な予感と不安が残っていました。

12/31の大晦日、その日は次男の2歳の誕生日。
朝から再度超音波検査に行きました。昨日とは違う先生がおり、妊娠後期になってからわかる先天性疾患があることを告げられました。現時点でひとつではなく、みっつも…。他にも合併症がある可能性が高いとのことで、合併症によっては予後も良くないと…。
例え男の子のシンボルが見えなくても、超音波だけで男の子とわかるくらい、体格というか体つき、手足がしっかりしている男の子で強そうな子と言われていたのに…

その日が大晦日とか年末年始とか次男の2歳の誕生日とか…考えられないくらい、
とてもじゃないけれど御祝い出来るような心境ではありませんでした。

1月は自分が納得するまで三男の病気について調べました。
そして死産を経験された方の体験談などを読んでいたことが多かったような気がします。

私がこのような状態だったので(特に精神面)子供達にも不憫な思いをさせた1月。
涙はこんなに出るものなのかと思うほど泣いていたような気がします。涙が勝手にポロポロと溢れてくるのです。

ブログを放置するのもな…と思いつつも、何を書いたらいいのかわからず…。

でも三男が生きていた証はきちんと残しておきたかったので此処に記そうと思います。

次男も8ヶ月間だけお兄ちゃんでした。結局お兄ちゃんにはなれなかったけれど…
それでも三男は私の心の中で生き続けており、私の気持ちは3人の兄弟の母。例え此処に存在しなくとも三男はずっと家族の一員です。

1/23。28週と4日。産声のない静かな出産。
小さな箱の中で毛布にくるまった冷たいあなたをこの手で抱くことは出来なかったけれど、
最初で最後に会えたこと、一生忘れません。悲しかったけれど、あなたに会えたことがなにより嬉しかった。
(会える、会えないは、子供の状態を見てのお医者さんの判断だったので)
箱を抱え、壊れてしまいそうなほど小さな小さなあなたにキスをし「ママだよ」と言い、冷たいあなたを撫でました。出来ればこの手で抱いてみたかった。
親バカですが、動かない我が子を見てもそれはそれは可愛くて。4Dエコーで見たままの姿でした。
28週の割りには小さかったんじゃないかな…。それでもきちんと体は出来ており、なんて綺麗なんだろうと思ってしまいました。

私の体調も少しずつではありますが回復に向かっています。
吃驚するくらいのスピード出産で、つるんと出て来てくれた三男。私の負担を減らしてくれたのかな。
分娩後に私の体調が悪くなってしまいしばらく入院していましたが、
誰も飲んでくれる人がいないのに母乳は出るし、身体はすっかり産後。不思議なものですね...。

しばらくの間無理せず静養したいと思います。
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私を母として、そして私達家族を選んでくれた三男には感謝の気持ちでいっぱいです。
お別れは悲しかったけれど… ありがとう。ゆっくりお空で休んでね。

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遺骨が帰ってきたら、三男くんの場所を作って供養したいと思います。
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by tcngczc | 2014-01-31 06:44 | 家族